店主のひとりごと


2012年01月14日

平成24年です 今年は・・・

24年1月11日

年が明け龍のとし…今年は平穏なそして希望の持てる年でありたいと願っています いつの間にか震災のニュースも以前ほどではなくなりましたが 震災地や原発事故で避難している人たちはまだまだ現在進行形なのです

政府は 私たち素人にも疑問を持たれるような原発事故の収束を発表していましたが 今ほど政治に不信感を抱いている日々は近年なかったのではないでしょうか

先日 沼津高専の渡辺教授がひょっこり顔を出して近況報告をしてくれました   今年はかかわった元原発技術者や研究者たちがNPO法人を立ち上げ 命重視の科学を優先する研究に取り組むという 頼もしい活動をして下さるようで期待しています

教授のずっとぶれないこれまでの持論は

「国立の大学で学んだ分 これからは少しでも社会に還元できるようなことをしたい・・・・」

ぜひ よろしくお願いします

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知識もない私たちは専門家の皆さんに頼るしかありませんので せめて神仏にでも?・・・・と散歩がてら 東京湯島天神と根津神社に出かけてみました

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つつじで有名な根津神社ですが 今は緑がきれいです ご年配のご婦人が人力車に乗って車夫から説明を受けてるのを隣で聞き耳を立てて ただで知識を得ようと今年も罰当たりなことです

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参道で 小さな飴やさんに立ち寄り、店のおじさんのうんちくを聞き、金太郎飴、黄粉飴、あんこ飴など懐かしいあめを買いました 11日の初開店日に皆さんに振舞おうと思っていたのにすっかり忘れちゃった・・・・・18日にまた忘れなかったらあるかも

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おじさんいわく 

「入れ歯の人は注意してね」 

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この界隈は ところどころ古い昔の建物がまだあります 町名が今風になり風情がなくなりましたが 木造3回建てのこの建物は文化財になり 今も居酒屋として営業中です

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いきなりモダンな建物ですが 言わずと知れた岩崎弥太郎を祖とする三菱の岩崎家別邸です

共の祖先が 木と紙とわらでしつらえた粗末な住まいで田畑を耕して糊口をしのいでいる時代 文明開化の幕開け時、政府要人との人脈の中で商才をいかんなく発揮して巨万の富を得た 弥太郎につながる岩崎家の富の象徴です

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正面玄関です 内部は撮影禁止ですが家具や調度品、壁、柱に至るまで

「はあ・・・」  「へえ・・・・」 の溜息しかでない超一級品のオンパレードです

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天井に一枚板を張った廊下をわたっていく日本家屋も連なっています

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帰りは遠くにスカイツリーをみながら 上野不忍の池を散策して・・・・・

今年もよろしくお願いします


2011年12月24日

物を捨てるということ

平成23年12月24日

今年も残り少なくなり、今日はクリスマスイヴとやらで ケーキやさんと鶏肉やさんの前は人だかりです 若いお姉さんのみならず、おばちゃん店員さんもサンタの洋服を着て 呼び込みをして活気づいています

年末の大掃除でごみ置き場もいつもより多く廃棄物が盛り上がっていたある朝、出がけにふと見るとなんだか見慣れた机と椅子が・・・・・・・・・まさしく我が家のもので処分者の名前の欄にも見慣れた文字が並んでいました

30年近い昔 子供の入学に際し予算もない狭い我が家に見合った シンプルなマザーデスクをそろえました 身長も伸びいつの間にかそれに座るのは難儀になっていましたが 処分するにはこれまでの思い出も捨て去る気がして ついつい置きっぱなしになっていたのが 現実に椅子と机、それにスタンドまで捨てられていたのを見ると その日一日気が沈んでしまいました それがその朝 新聞で見た倉本聡さんのご意見の欄に次のようなことが書かれてあったことも気の沈み方に追い打ちをかけた気もしたからです

  ・・・高校生の時分 我が家は経済的に悲惨を極めていた

  そんな時 母親が500円札をお年玉にくれたんです だけどその500円札はなぜか使えなかった

  他の500円札は使えたのにですよ…それはそのお金にいろいろの想いが加味されていたからなんでしょうね・・・・・

そんな意味のことでした お金と机の違いはあっても 私にとって意味は同じだったのです

倉本さんのように繊細な心理描写ができる人と比べてはなんですがせめて爪の垢ほどは少し感じてほしいものだと・・・

毎年 捨てるに捨てられないものがこの時期また増え、頭を悩ますものに 青森から送られてくるリンゴ箱があります

中のリンゴを食べ終わってもなかなか 空のリンゴ箱を捨てられない理由とは?

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りんご箱や果物の箱は中身を保護するため 強固な段ボールで作られています 1箱350円もするのに 食べ終わったからと用済みの空箱をすぐにごみ出させない私はこうしてしばらく空き箱に埋もれてしまうのです

そんな時

「帰省する時に使うから この箱頂戴 頑丈だから便利・・・」

といわれると 救世主が現れたように うれしくなるのです 

今は改善されたのでしょうか?昔の製紙工場の近くの海は悪臭でひどいものでした 他人様の環境に少なからずご迷惑をかけてできたリンゴ箱です もっと再利用の方法がないか考えてしまいます

もっとも 私みたいな貧乏人の発想より カジノで一晩何億円も負ける製紙会社の御曹司でなかったら 箱の値段も下がり 製造過程の環境汚染も工夫されていたかも知れませんね

 

 


2011年11月11日

百銘酒パートⅡ

平成23年11月10日

朝から冷たい雨が降り 気温もぐっと下がり 気分的にもなんだか物寂しい晩秋の候です

今年はいつもきれいに咲いていたお向かいの11月桜も 病気になったとかで切られてしまい、辛うじて根本から伸びた枝に花をつけているのが健気に見える

先日、口の悪い友人から

「何をしおらしいこと言ってんの? 百銘酒どころか もう二百銘酒ぐらい飲んじゃってるでしょ?」

と 当たらずとも遠からず・・・・・・・の耳の痛いご忠言 ところがまたしても珍しいこんな焼酎をいただいてしまったのだ・・・・・

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カメの中に入って見た目にもおいしそう・・・・・で今宵は アンティークのグラスで優雅に…と思ったら さに非ず

ひしゃくがついていたので そうか、これで汲んで飲むんだな?とカメの中から汲んでみるがひしゃくが厚みのある木で その中に ひしゃくの棒も組みこまれており 1回汲んでも内容量はほんのちょっと・・・・・・

小さいグラスに氷も入っているにも関わらず 6・7回は汲まなければいけない・・おまけにタラリ・・・・と一滴が落ちるのだ…ああもったいない と酒飲みのいやらしさがモロにでて自分でもおかしかった

遊び心満点で 楽しみながら飲ませてもらっている

後日 下さった人が

「ねえ あの焼酎,汲む時時イライラするでしょ?少ししか ひしゃくに入らないからうちのお父さんもせわしないな・・といいながら飲んでるよ」

酒飲みの心理って大体似てるのよね

庭に咲いていた花を ”わあ きれい!”とほめたからいただいたわけではありません

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日本酒飲み音頭が学校の応援歌にあり コワイ応援団に歌わされた覚えがある・・・・・・・・

~12月はクリスマスで酒がのめるぞ~

  ~さけがのめる のめる のめる  酒がのめるぞ~

 

 

 

 

 

 


2011年10月21日

百名山ならぬ百銘酒

平成23年10月21日

お酒が飲めることを知っている友人、知人、さらに時々はお客様からもお酒をいただくことがあります

 (誤解を招かないように言い訳させてもらうと 決してがぶ飲みしているわけではありません、ほんの少したしなむ程度ですから・・・ホント!)

工事部のスタッフは一人は全くの下戸  もう一人はこれまでの不摂生がたたり 医者から

「死にたかったら飲め」

とドクターストップがかかり このところいただきもののアルコール類は独り占めできるのでニンマリしている

先日、お客さんから 百銘酒を飲んだ女人がいる…と聞き よいチャレンジだな とその女人 (やはり当店のお客さんです) の穏やかな色白の顔を思い浮かべ 意を強くした

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その時々の気分にあわせ 器も変えるのも楽しいし 小さいワイングラスは馬上杯にも似て 今日はよく働いたワイ…という夜に合う

織部の少しどっしりしたぐい飲みは ちょっと多めに飲みたい時・・・・

この日はお客さんから福島の銘酒のお土産と 奥多摩に住んでる知り合いが毎年送ってくれる 大吟醸 澤乃井 の新酒 が同時に舞い込んだ

彼女の言うには

「これから年金生活に入るので 大吟醸はことしで最後かも」

いいんですよ 送ってくれた気持ちを思うと 味はすべて大吟醸の味がしますって

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年末 青森の友人 かほるからは海産物と一緒に送られてくるから もういけません どっしりしたぐい飲みで1杯目は 送ってくれたかほるの健康に感謝して 2杯目は自分の今日の健康に祝杯です

筋子も こちらで売ってる筋子の味とは雲泥の差、青森へでかけたら味見してください 駅前の市場あたりで売ってるのが本当の筋子の味です ごはんが何杯でもたべられ あっという間にメタボです メタボ怖さに食べたいのを我慢するのがよほど健康に悪いとは思いますが・・・・

タコの足1本 (ふと~い生ダコ) 脂たっぶりの身欠きにしん 近郊のハム工場の生ハムとあれこれの珍味に囲まれ 青森の銘酒” 田”と ”七福神 ”これ以上の豪華なお正月料理は他にない と思っていつも除夜の鐘を聞いてると 百八ツの煩悩なんてさらりと消えてしまいます

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これは銘酒ならぬ迷酒 ”わいは”    津軽弁で「 ありぁ !」 とか 「あらま!」ぐらいの意味

自給自足生活している田舎の同級生が 自分の田んぼの米で作ったいわば遊び心の密造酒です 手作りのラベルに醸造ナンバーが 0001 と打ってあるのがニクらしいです 

昨年のものは栓を抜くと ポン!と発酵している状態でしたが 今年の冬の物は火を入れたと見え、発酵は止まっていました 

旅をして その土地の小さな蔵元で買ってきて帰ってから旅の楽しさを反芻しながら飲み 二度楽しみます

百銘酒・・・・・・か いいなあ チャレンジしようかな?


2011年10月18日

女盗賊プーラン

平成23年10月19日

あの暑さから一転、涼しい日曜日 図書館から借りて本を読む 

その名も 「女盗賊 プーラン」

訳者の簡単明瞭な言葉と文章で2日間で上下巻一挙に読み終える

 インドのカースト制度による下層階級に生まれた娘が貧困と多くの虐待からさらに盗賊に誘拐され そこでいつの間にかリーダーになり さらに国会議員にまでなったということを 昔新聞でさらりと目にしたことがあり 軽い気持ちで借りて読んでみた どの国でもある差別や貧富の差ではあるが インドでは更にカースト制度が厳然と存在し 本当だろうかとこの本を読んで暗澹たる気持ちにもなってしまった

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自分を虐待した人間や 貧乏人から搾取して金持ちになった人間たちに復讐して 金品を奪いわけ与えたりもする いわばネズミ小僧的な面もあったりするが それは本人の自叙伝だから修飾されている場面も多々ある気がする 

ただ 学校へ行かないので たくさんのお金だと数え方も知らず奪い取ったお金を厚さで計り分けた・・・・とあったあたり本当なんだなと複雑な気もした また逃亡や作戦で疲れたとき 沈む夕日をみて

「太陽がもうじき水に沈んで死ぬな…・・・・」

広すぎて対岸が見えないような水の広がりに太陽が沈むのを見たのは初めてだった 畑と川しか知らなかった私の中で世界は見えるところで終わっていた

太陽はヤムナー川の向こう側に沈んで死に、朝になると新しい太陽が生まれるのだ・・・・・

私にとって世界は小さく 太陽は毎日死ぬのだった  

そんな彼女に リーダーは答えます

「いいかい あそこは世界の終わりではない 太陽は死んだりはしない 日暮れになっても水の中に沈むわけではない 世界の国の半分の人たちを眠らせている間 またこっ ち側の人間を起しに上ってくるのさ」

私は国が何なのかも知らなかった

「世界は丸いんだよプーラン 巨大な球の上に国も海もあるのさ 世界はとてつもなく大きく太陽は死なない 世界を乗せた球は常に回っている・・・・」

私は一生懸命学ぼうとした

 

私はここの場面で遠い昔の小学生の頃を思い出していた

1学年上のいとこが学校であった出来事を話してくれて言うには

「○○君ておかしいんだよ 先生が地球は丸いと言ったら ”じゃあ海の水がこぼれるよ” だって みんなで大笑いしたんだ」

私は笑えなかった だって自分も同じように考えたから・・・・・

地球の磁力も引力も知らない小学生時代 地球は丸いと聞いて海の水がこぼれると言った○○君が正しいと思ったのだ ここの場面で遠い遠い記憶を思いおこし、ある意味懐かしかった

カースト制度の下層階級に生まれた女盗賊プーランは その後政府に投降し 刑期を終えた後国会議員にまでなったのだが 最後は暗殺されてしまったようだ

翻って自分のその後、地球の海の水がこぼれないことは理解はしたけど 今の文明社会において 鉄の塊のジャンボジェット機が空を飛ぶことも、一つの街みたいな機能を持つ豪華客船が海の上を浮かんで走ることも その原理をいまだ理解し得ず不思議がっているのだから……あれから大した進歩はしていないことを痛感している

まずは読書の秋です 本を読むには静かでしのぎやすい季節です

 

 

 


2011年09月26日

~帰ってこいよ~津軽へ

 

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2011年08月12日

教授の記事がFRIDAYに

23年8月12日

きょう発売の週刊誌FRIDAYに 先週日曜日に当事務所で講演して好評を得ました沼津高専渡辺敦雄特任教授の記事が掲載されています

先日お話下さった講演が凝縮された取材記事ですが、別にいい子ぶるわけではありませんが買うのには少し勇気が必要でした 

 なんでこんなに女性の裸がトップにでるんだろう?

若い女性の裸を餌に本を売ろうというのは編集者の理念としてどうなんでしょうか?おまけに袋閉じまでついていて・・・?他にも真面目な記事も多いのに対象者をどの辺に絞っているのかな

教授の次のページは 凛々しくすがすがしい 向井理さんの特集で徳川秀忠姿もあるのに・・・・・ その向井さんに 「FRIDAYは嫌いです・・・」なんて言われちゃって 表紙でなく中身で勝負のFRIDAYとして世を席捲して下さることを期待しています

見栄を張って 「日本の建築完全ガイド」の特集だったサライの下に隠して買っちゃったヨ  蛇足ですが袋とじのポスター(らしい)を ほしい方がいらしたら        差し上げま~す


2011年08月09日

渡辺教授のやさしい講演

23年8月9日

8月8日 13:00より 有識者ボランティア 渡辺敦雄沼津高専特任教授の 原発に関して正しい知識を得ようと題した講演を私共の小さい事務所で開きました

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 11人でいっぱいになり 暑い日でしたが 難しい原発の話が教授のわかりやすい解説で熱い講演になりみな真剣に聞き入りました

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 質疑応答もはさみ 当初1時間半の予定が3時間余にもなり みなさんからよい講演を企画してくれて…と感謝され 教授には謝礼も出さないのに (ご本人が固辞されていたので…) 他人の褌で相撲をとったようで申し訳なく思った次第です

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東京・昭島と大森から来た小林さんと 新井さん 昔の同僚ですが 私のブログをチェックしてあれこれと文句を言う評論家でもあります 今回の講演予定を見つけ 

「いいことやるじゃん!」

といって2人示し合わせて駆けつけた勉強家でもあります 昼食後だったのでねむったらいけないとコーヒーを2杯も飲んできたそう・・・予想に反してこんな難しい話がとてもよく理解できたと喜んで帰りました 先ほどメールもきてこんなやさしい講演は初めてだった・・・少人数でもったいなかった、また次の機会もぜひ!とお礼を言ってくれました

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殿方からの質疑はやはり 高度で専門的でしたが 教授は瞬時に返答して下さったので 臨時の学生も身を乗り出して真剣そのものでした 

栄区庄戸にお住いの井端さん 

「永年 疑問に思っていたことをわかりやすく説明していただきました」

港南区日野南    河西さん 

「大変要を得た 技術面も含めた名講演で 丁寧に質疑応答に対応していただき感謝しています」

港南区日野     鳥越さん 

「原発の問題点等を非常に具体的にわかりやすく説明いただき勉強になりました」

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教授を囲んで感謝の記念写真です お疲れでしょうににこやかに応じてくれてありがとうございます

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ささやかな茶話会でしたがみなさん満足の表情で主催したかいがありました 教授には交通費も差し上げず (お近くなのでパソコンなどリュックにつめて歩いてきてくれました) 申し訳ございません

出席した皆さんからの感想を書かせていただきました 今後も教授はこのような企画が広がることを願っているということで 他の公の場での講演会の間をぬって応じてくださるそうですから何かの参考になればと思っています なお掲載は皆様から承諾を得ています

 昨日の新聞から・・・あるおばあさんのつぶやきがかいてありました 「薪でごはん炊いてもいっから 原発はいらね・・・・」

煮ても 焼いても 埋めても消滅することのない放射能 専門家のみなさんはどのように対処してくれるのでしょうか そして無知の私たちはどのようにして自分の体を守ったらいいのでしょうか

次回 他のみなさんからの感想・講演の要約を書いてみます


2011年07月31日

ボランティア 渡辺教授のお話会

23年7月31日

先日お知らせしました 沼津高専 物質工学科渡辺敦男教授の誰にもわかる原発に関するお話が

8月7日(日)13:00からにきまりました

肩書は硬いですが語り口は軟らかいので よく理解できると思います 

まだ収束しない目に見えない放射能について 自ら基本設計にかかわった経緯を踏まえ わたしたちが今後どのような知識を得ることが必要かを一緒に考えていく機会になれば・・・・・と提唱しています

お気軽にお出かけください お話のあとはお茶を飲みながらさらに軟らかく討論もよろしいかと思います 席の支度もありますのでご希望の方はお電話いただいたら助かります  045-833ー7453


2011年07月14日

有識者のボランティア

23年6月25日

 今日の朝日新聞にとても素敵なそして私はすばらしいご意見!と感動した投稿がありました

 要旨をかいつまんで記しますと 政府関係の委員会などにかかる費用がとても高額であること こうした会議に出る先生方はいずれも各界で功なり、名を挙げた人たちですでに十分な収入を得ているはず、もっとボランティア精神を発揮して自分の知識や経験を国民のために役立てる有識者であって欲しい・・・・ いかにも・・・と深く賛同してしまいました

 今震災にあわれた人たちの救済もおたおたと後手後手にまわし自己保身に汲々としている情けない政治家の皆さんも耳が痛い・・と感じる方がいらっしゃればまだ救われますが そんなことはツユほども思わないでしょうね それでも私たちの廻りには真剣に今回の原発のこと、これから我々がしなければいけないことを沢山知って欲しいと熱意を持って取り組んでいる人も少なくありません

 私共のお客様で 沼津高専の渡辺敦雄特任教授もそのお一人です 時々ご自宅のリフォーム工事に関し 事務所に寄って下さいますが  エコポイントを利用して工事を依頼して下さる時は ドイツのエネルギー政策を見習わなければいけないなどと 私のような錆ついてしまった頭でもよ~く理解できる講義をして下さり 一人で聴講するにはもったいないと常々思っていました

 今回 ご自身が東芝原子力事業部に勤務時代、福島第一原発3・5号機 女川原発1号機他の基本設計を担当し 日本の原発技術は世界最高水準といわれてきた中で起こった今回の事故に対し 

 「自分自身の反省も含めて 原発事故について正しく理解してもらい 技術者として、人間としてどうあるべきかを考えてもらう・・・」

と題した講演を去る6月2日 豊橋技術科学大学で行いましたが 同じく私共の事務所でもしてくれるということです

 小さい小さい事務所で詰めて座っても10人くらいですが教授は

 「人数の多い少ないではない、知りたいと思ってる人がいたら何人でも数は関係ない・・・」そうです

 このところマスコミ関係の取材等もあり 忙しいようですが8月初旬に可能とのこと 日時がはっきりしたらお知らせしますのでぜひお集まり下さい 講演料はゼロ、有識者のボランティアです


2011年06月20日

R:アンチ巨人

23年6月20日

やっぱりきたか!

アンチ巨人のひとり言に対し巨人命!の知り合いから 異議あり!のたわけたメールが・・・・・

なに寝言いってんだか、スポーツというのはただ勝てばよいというものではないのだ フェアな精神でもてる力を振り絞って勝負に挑むからみている者を感動させるのさ・・・・なんてフェアな精神には一番遠い距離にいる意地悪ばあさんのつぶやきです

 


2011年06月16日

アンチ巨人

23年6月16日

野球大好き!でありませんが あまり好きでないチームはあります   ヘソ曲がりの典型でそれはジャイアンツ

 いつも対戦相手を応援する可愛くない性格です その昔 「巨人大鵬玉子焼き」 といわれ 子供たちに絶大な人気があった3種のNO1ですが  私はスポーツにふさわしくないアンフェアな選手獲得の歴史があることがこのチームの好きでない理由です (たった一人、王選手だけは別)

江川の入団から始まり 桑田の入団しかり・・・・最近も澤村とかが逆指名したり  プロ野球は巨人だけではないぞ!というのがこのヘソ曲がりの論理なのです そしてそのことを広く知らしめてくれるようにといつも対戦相手を応援している次第・・・

それにしても その江川解説者のウンチクを聞きながらみた夕べのロッテ戦はすごかったですねェ 終盤2-1で今日は負けたか・・・とあきらめかけた時、センター岡田のファィンプレーに思わず拍手してしまったワィ 

 続いて伊志嶺のホームラン!! これぞプロ!とうなってしまった・・・・・・・プロ野球の選手の皆さん こんなすばらしいプレーをファンは待ってます 巨人だけが人気あるわけでは決してありません 

今年はどこが優勝ですかね それにしてもわが横浜べィスターズももう少しなんとか・・・・・なりませんか?

 


2011年06月09日

東日本大震災 Ⅲ

23年6月9日

もう3ヶ月も経つのに まだ避難所暮らしが続いている被災者の暮らしはいかばかりだろうと胸が痛みます

 わが国の政治家たちは国のために政治を志したのだろうかと疑問符だらけの昨今です 東京に仕事を探しに来た人が公園で大道芸人のまわりで楽しそうにしている人たちを見て、自分たちとの生活の落差に思わず涙した・・との記事に深く意を同じくしました

2ヶ月ほど前 帰省する被災者のお身内の方に せめて気持ちだけお見舞いを委ねました 同時に連絡が取れなかった利府町の知人に安否を問うはがきを出したところ 先日 同時にお便りをいただきました

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1枚のはがきと 便箋に被害状況も記されたおたよりは 電話やネットが中心になった今 本人たちの復興に対する意欲と 見舞いに対する気持ちが現れなによりうれしい礼状でした また震災直後 仙台に住んでいる知人は  

「私たちは皆 無事だから安心して 屋根につけた太陽光電でとりあえずご飯も少し炊けた・・・・」

被災地と連絡が取れない日が数日間続き 心配しているだろうと電話くれたとのこと、 心配しているかも知れないと心配してくれた被災地の住人・・・・・東北人はこんな人が多いんです 良き人たちに笑顔が早く戻りますように


2011年06月01日

ひとり言のグチです

23年6月1日

ゆうべ、久しぶりに NHKの歌謡番組をみました このごろは被災地の避難所で 過ごしているお年寄りに 慰安のため意図的に発信しているようにも見受けれる昔の唄や ナツメロとまで行かなくても歌謡曲も多いので ”被災地を応援しょう!”と販売している福島の吟醸酒を理由づけしながら飲んで ほろ酔い気分で聞いていました

ところがあるグループサウンズの出番になり そのメンバーの一人によって味わった10年近く前の不愉快なできごとが思いだされ 私のほろ酔い気分は一瞬でさめてしまったのです

その日私は 埋立地の産業道路の近くの細道を車で通っていました         いつもよく通る道で 対向車とであった時は お互い広いところで譲り合う暗黙の約束がとりかわされており すれ違うときは会釈をし合い 不愉快な思いをしたことは一度もありませんでした

ところがこの日は違っていました グレーのベンツが来たのです  いつものようにどちらかが少しバックをするか あるいは横に幅寄せしなければいけない場面です さあどうしょうかとスピードを緩めた時、相手はそのそぶりを一向に見せないどころか グイッ、グイッ、とわざと前進してきては私をバックさせるのです 

細い道で そんなに早くバックできるはずありません それなのに何回もその行為を繰り返すのです  助手席に乗っていた彼女がたまりかねて よしなさいよ!と制止するように腕を押さえていました

「なんだ?コイツ」 と顔をみたら この近辺に住んでいるコイツだったのです

横に乗っていたのが彼女かヨメか知りませんが 女にいいところを見せたかったのでしょうか (ちっともカッコ良い行動には見えないけど) 私がもし「あしたのジョー」だったら  まさしく 「おいおい ニイさんよ・・・」と車をおりて言ってる場面です

3年ほど経て、これには後日談があります お客さんですが乗っていた車を手放した人がいて その理由を聞いたら

「事故を起こしてね、それが7;3の割で相手に非があり、当初はそれを認めて対処するといったのに 後から人を介して こっちを前面的に悪いことにしてしまってさ・・・・・ホント悪いヤツだよ」

  なんと私の時と同じ人間が相手でした 

そんな人間が うわべを取り繕って 演奏なんかしてるんじゃないよ! 何が被災地の子供たちに笑顔を・・・だよ せっかくのよい詩がニセモノにみえちゃうじゃない

ま、10年経っても あの時の怒りを抑えられない自分も たしかに人間性が小さいけどさ・・・・・・・・・・


2011年05月24日

忘れられない言葉

23年5月24日

私事ですが子供とケンカした   言った言わないでお互い己の非を認めず相手のせいにする・・・身内でも良い気がしないし なんでコイツはこうなんだろう?ととがめても結局それは鏡に映った自分の姿なんですよね

永い年月を生きてきて、越しかたを思い出すこのごろです  高校3年生のHRのとき、担任に将来自分はこんな人間になりたい・・という発言を促されました クラスの全員がそれぞれ自分の信条を言いました そのなかで

「わたしは他人に安らぎを与えられる人になりたい・・・」

と言った女生徒がいました、色の少し浅黒い 目立つこともなかった落ち着いた人でした ふと斜めうしろの彼女の顔を見ました 気負うわけでもなく いつものように物静かに淡々とした言い方でした ユーモアたっぷりの言動でいつも皆を楽しませてくれた男子生徒の言葉も 美人で男子生徒の憧れの的だった人の言葉も思い出すことはありませんが 彼女の言ったこの言葉と表情だけは今も鮮明に思い出します

後年、全然目立たなかった彼女が卒業時には学年トップの成績だったと親しい友人から聞き、新たな感慨を覚えたものです

佐藤さん、お元気ですか?  あれから半世紀近くたちました あなたはきっと他人様にも安らぎを与え、自分も沢山の人から安らぎをもらい、穏やかな人生を送っていることと思います

私ですか?  ・・・私は 「為せばなる!」 なんて可愛げのない目標を掲げたせいで 他人様から安らぎを奪い、フーテンの寅さんのように 恥ずかしきことのかずかず・・・・・を経て今に至っています 為しても為しても為すことのない現状に地団駄ふみながら・・・・・


2011年04月25日

東日本大震災 Ⅱ

平成23年4月28日

毎日のように被災地の惨状を見聞するにつけ これはまだまだ被災地のほんの 一部であろうと予想されます 松島近辺出身のスタッフがやっと先日 身内が避難している現地を訪れ帰って来ました

報告を聞いて表情が明るいので、その様子を聞いたら、報道されているように  目も当てられない状態ではあったが、身内はじめ皆は前向きの姿勢で安心した・・・とのこと。いつもみだしなみを整えてきれいにしている皆の顔はすすけて 少しおかしかったが皆一緒の被害で団結していた・・ということです

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それをみて日本は大丈夫だ!と思い安堵したという彼女、日頃、天下国家を語る わけでもない一主婦が日本は大丈夫だ!と思ったことが、今チョロチョロしている  頼りない政治家たちの言動より はるかに真実味のある言葉に感じられました

今回の災害には全国、あるいは全世界から義援金がよせられうれしいことです  スマップの4億円、ユニクロ社長の10億円にも驚きましたが、ソフトバンクの孫社長のひゃ、ひゃ百億円にはたまげました。

以前読んだ何かの本からの受け売りですが 本当の金持ちはその金の使い道で真価がわかる・・・とのこと、きっとこの人たちが本当の金持ちといえるのでしょうね ユニクロのTシャツを着てテレビでスマップの唄でも聴こうかな?ソフトバンクの白い犬のお父さんと一緒に・・・

この方々の塵にも及びませんが、私も応援の意味でシールを作って連絡物に貼っていますが これがまた辛らつな批評を受けてます 

「なにこれ?イタリアの国旗みたい!」

日本の赤、東北のみどりをあらわした私のデザインはケチョンケチョンです 私にとっては大枚はたいて印刷してもらった貴重な応援シールなのにトホホ・・・・

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こんな悪評にもめげず、請求書などの連絡物に貼りまくっています 

「私も貼るから頂戴・・」 という人がまだ誰も現れないことはさびしいですが、この調子だと後何年間も持ちそうです

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平成23年4月25日

都会では 停電もなくなり 平常の生活に戻りつつありますが

まだ余震も毎日のようにあり 原発も収束できず不安な日々です

天皇陛下のお言葉にもあるように、被災した沢山の人たちにいつまでも心を寄せていくことが 私たちにも必要なことではないでしょうか

今回の大震災で 人間の真価が問われた事象も多々ありました    感動したことも少なくありません

私はその中で 東北の小さな町村の首長さんたちの動きに感銘をうけました

原発の事故が発生してまもなく、NHKの電話取材でとつとつと窮状を訴えていた  南相馬市の桜井市長さんもそのうちの一人です

激するでなく、わかりやすい言葉で話す少しトーンが高い声に 最初女性市長かと思いました

「救援物資もなく、原発の危険区域だから入れない、取りに来いという・・・・  ガソリンもないのにどうしてとりにいけるのか 県も国ももっと支援して欲しい  私たちは兵糧攻めにあってるんです・・・・・・・・・」

私もそれを聞いて、早く何とかできないものかと気をもみました

NHKの電話取材をたびたび受けていましたが 先日世界にむけてHELPの   メッセージを ユーチューブの動画で発信し それがTIME誌の ”世界を動かす100人”のなかの一人に選ばれました

11分間 原稿を見ることなくまっすぐテレビに向かって発した真摯なその姿勢が 皆さんに感動をあたえたのでしょう

その中で彼は マスコミも電話取材だけで 現地には来ない・・・とも言ってます

私は NHKも 手っ取り早く安全な電話取材だけだったんだな?と推測していますが・・・・憶測で判断してはいけませんが 本当はどうだったんでしょうね

1ヶ月すぎたというのにまだ政府は迅速な手配もままならず はてさて党首を替えよう・・ということまででています 今そんなこといってる場合ではないのに・・・ まだまだ避難所で救援の手を待っている人はた~くさんいるんですよ!


2011年04月23日

私もできた可愛いはり絵

今日は簡単でおしゃべりしながらできるというはり絵を、

常連の横山さんに教えていただきました

黒地に赤い唐辛子をかたどって貼るタペストリーです

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最近参加したお二人 ネクタイのポシェットづくりも熱心に挑戦し

今回も無駄口もせず、真面目に取り組んでいます

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こちらはベテランさんたちです

無駄口とは言いませんが、おしゃべりも楽しみながら、余裕の製作です

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さすがでした 講師の横山さんの教えを忠実に、のみ込みも早く

お昼前にできあがりました とうがらしは魔よけの意味もあるということで

早速、自宅に飾るということです  魔除けでよけられるのは自分だったりして・・・・

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みなさんによろこんでもらえて 講師の横山さんもホッと一息です

~私もひといき~

天にツバすれば還ってくる・・・・とはよく言ったもの

あちこちで傍若無人の振る舞いをしているわが身のまわりはこれまた

生傷に塩をすりこむような辛口人間の多いこと・・・・

今日はこのブログについて

「ごちゃごちゃしてどこを見たら良いのかわからない」

「そうそう、どこをクリックしたらいいのかも・・・・」

「みたいところにスーといけない}

「どこの欄も自分だけ書いてるんだから 全部店主のひとり言でいいじゃん」

・・・わかりました ないアタマの知能をひねくりまわして書いてる苦労もしらず

すき放題のご批評、いたみいります しばらくおまちください

数日中に工夫いたします ヨロシク

 

 


2011年03月16日

東北関東大震災

23年4月9日

ふるさとが消えた~

小さい頃両親の田舎に行って遊んだ村が消えてしまった・・・・・・

自分が育った町並み、勉強した学校、落書きした柱や壁も全部・・・・・・

その嘆きは 被害の甚大さと共に 精神的な喪失も計り知れないものがあると思います

自分に置き換えても、村の小道、あの角を曲がったらだれのうち・・・

近道を通る時、怖い叔父さんにみつからないよう 走ってその庭を駆けた・・・

さくらんぼが食べごろになると その木がある家の子と遊ぶ・・・などなど

子供はそのような自然と環境によって育まれていくものだと確信しています

大人になってそのような残照を懐かしく想い、ふるさとに帰って人生を終えたいと願っている人も少なくないと思います

鮭だって 川に放流されても 大海で成長して元の川に戻ってくるのですから・・・

 (でも本当のところ、この鮭が帰る仕組みがまだ理解できないのです

                  私にもわかる説明が欲しいといつも思っています)

その心のよりどころであるふるさとが、ある日突然海にもっていかれてしまった 

沢山の人たち

今生活している人たちはふるさとを守ってくれていた人たちでもあったのに

今日の朝日新聞で 寅さんの山田監督が 「寅次郎紅の花」 で 撮影した

りりーのふるさと 加計呂麻島の唄と風景について言ってます  

満州で転々としてふるさとがないという監督はこうも言ってます

「東京の下町であれ、長埼県の離れ島であれ、ふるさとを持っていて

辛いときはそこに帰れる人たちをみるとうらやましくてしようがない・・・・・」

奄美のあの辺の風景は やさしい人たちと共にあり、素敵な場所でした

ふるさとを海に持っていかれてしまった人たちに今私たちはどんな言葉で

                        励ましたらいいのだろうか・・ ・・・

23年4月2日

東北関東大震災もなまえが東日本大震災に統一されました

名前の統一なんてどうでもいいことですが その被害の甚大なことに

息を呑む毎日です  知り合いにもお身内を亡くされた方がいます

でもお棺もない・・、火葬場もない、泊まるところもなければ行くに行けない・・

でも遺体がみつかっただけでもよかった・・・・とは哀しいつぶやきでした

今日のネットの記事に 捜索でみつかった乳幼児の遺体の泥を拭いた・・との

自衛隊のかたの報告がありました 任務とはいえいたたまれないお気持ちだったろうと

その心情を推し量るだけで涙がでます

一人でも多く・・・との国民の願いを背に捜索にあたってくださっている皆さんの

健康を願うばかりです

加えて原発の事故です 

日本はこれからどうなるのか?

地震、津波の被災の皆さんはどのように立ち直っていくのか・・・

くわえて 目に見えない放射能の恐怖にもさらされた東日本の沢山の人たち・・

もし自分だったら、歯をくいしばってもういちど踏ん張る勇気が持てるだろうかと

まだ 寒い北国の浜辺のみなさんの毎日が思いやられる日々です

23年3月16日

月11日(金)2時45分

こんな大きな震災が起こるなんて・・・だれも予想だにしなかったことが

東北三陸から広く太平洋沿岸中心を津波とともに襲ってしまいました 

ここ横浜も 船に乗ったような大きな揺れに驚き、初めての経験する地震の大きさでした 

その後のニュースで、次々と伝わってくる被災地の惨状に国民全体が言葉を

失うほどの衝撃を受けています あのきれいなリアス式海岸を 悪魔のツメが

引っ掻き回し一瞬で地獄にしてしまった現実をうけとめなければいけない

地元の人たちの哀しみは想像すらしたくありません

 これから次々と拡大された被害が 報道されるでしょう

 呆然と見つめる被害を被った皆さんに私たちは何をすべきか

真剣に考え、応援したいものです


2010年12月18日

韓流イチオシ子役

22年12月18日

韓国ドラマはまだまだ人気で 小町のお客様もフアンが多く作品について

話題にも たびたびのぼり 熱を帯びることがしばしばです

私も 冬ソナのヨン様以来 ネットで時々見ましたが 権力がらみの毒殺や

血を流すアクション場面もよくあるのでしばらく遠ざかっていました・・・が

子供が最初の場面に出てくると ついつい可愛らしく引きづられて引っ張られます

今まさに夢中になってしまったのが 「黄金のりんご」

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最初 ふるさと青森県は今年猛暑のせいで りんごが不作とのニュースから

検索していたらこの映画のタイトルにぶつかったのですが

まさしく 子供が主役で (今の所は) ストーリーは 再婚の母親を殺した罪で

投獄された父親がからんでいる  いかにも韓国ドラマらしいともいえるものです

このドラマのヒロインと子役たちのうまいこと! 演技と思えないくらいです

今 第4話 

無実のアボジを 早く釈放してくれるように・・と大事にしていたビー玉を

警察官の父を持つお友達に持っていって頼む場面ですが 兄妹の熱演には

自然に涙が出てしまいます 特に女の子の 泣くのを必死にこらえている場面は

こんな演技ができるなんて・・・・と感動してしまいます

警察官のお父さんにもどうにもできないといわれ 2人で帰る場面

疲れて大きな木の下で休み 妹は湖に沈めれたオモニについて聞きます 

「洋服が濡れて天国に飛んでいけただろうか」

「しぼって飛んでると風があるから 乾いてとんでいけたよ」

「飛行機にのったら 天国へいけるだろうか?」

飛行機に乗っても天国へはいけないよ」

「じゃあ、もうオモニにはは会えないんだ・・・・

        オモニに逢いたい・・・アボジにもあいたい・・・」

とはらはら涙をながす妹と 見守る兄の表情を 夕焼けの風景が包み込みます

すごいロケーションで 何回見直しても涙が自然にでてきます

この妹は 殺された母親の連れ子ですが 家族みんなに可愛がられています

お母さん代わりになって一家を切り盛りしているヒロインがまたは迫真の演技を

みせてくれ すてきです

毎週 火曜日と金曜日に無料動画 ギャオから配信され 久々に

                          待ち遠しいドラマになってしまいました

     

 

 

 

 


2010年10月22日

奄美大島のみなさん

昨日から奄美大島でも水害があり島の中心部の道路が

寸断されているようで、心配です

数年前 恩師の音楽会が島の皆さんのご好意で開催され、はじめて訪れました

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暗くてすみません・・・・・翌日からせっかく来たのだからと、ひとりであちこちめぐりました

景色が良いことは勿論ですが 島の人たちのご親切は

ふるさと 津軽の人にも引けはとりませんでした

大島紬の織り元さん宅では 染めや織り方を教わりました

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きれいな海をみながら オリオンビールを飲んだらウトウト・・・・してしまい

空港へ行くバスに乗り遅れそうになりました

売店のお嬢さんがそれに気づいて 近所のトラックに呼びかけ、乗せていくよう

働きかけてくれたのです 余裕で間に合ったのは言うまでもありません

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又、前日は加計呂麻の史跡など廻ろうと考えて、安易に船に乗ったら

そこはタクシーもバスもない所でした これも喫茶店の店員さんが

丁度 来店したおなじみさんの奥さんに依頼してくれ タクシー代わりを

お願いできました ガイド役もして下さり リッチな観光めぐりができた次第です

作家 島尾敏雄の妻ミホさんがこの島の出身ということで記念碑がありました

他、知られていない戦跡があったり フーテンの寅さんと浅丘ルリ子さんのロケもあったとかで

そういえばみたようなルリ子さん扮するリリーの家がありました(無人です)

とってもきれいな海岸沿いです 島の廻りの海はどこから見てもきれいで静かです

赤いハイビスカスも自然に垣根にたくさん 咲いています

皆さんのご親切でとても楽しい旅ができ、もう一度ゆっくり行くつもりです

あの奄美大島のみなさんがこれ以上被害を受けないよう願うばかりです

そして ゆっくり静かにすごしたい旅を考えている方 ぜひ奄美大島へどうぞ!

 

 

 

 


2010年06月28日

かわいい子供たちがいっぱい

時々窓の下を社会見学に行く児童

お散歩に行く園児たちのにぎやかなな声が聞こえます

今日も元気そうな男の先生と一年生らしいクラスの一団・・・

どこへ行くのかな?と何気なくのぞいてみました 道路はゆるい上り坂になっていて荷物を持って歩くと結構疲れる道です 

元気な若い男先生 子供たちをみながらずっと後ろ歩きで登っていき、子供たちの顔をみながら声をかけ 坂のうえの通りまでずっと後ろ歩きのままでした

こどもたちを引率しながら 同じ方向で歩いていくのが普通だったのでとても新鮮でした

自分の担当している子供たちは自分の腕の中にある・・・そんな感じでした し、ちょうどサッカーのW大会、必死で守るGKの川島選手のようでカッコよかったです

希望して教師になり、そして楽しんで教師をしているようでした

こどもたち 今日の地域見学は楽しかったかな? コケたりしないで無事教室まで帰ったかな

途中転んだりしても 今時の親は簡単に先生の責任!というらしいから・・・

若いやる気のある教師を萎縮させることがないよう願っています

     

その日の夕方はスーパーでの買い物どき

2歳くらいの男の子が、買ってもらった車のおもちゃの箱をさわって しきりに私の顔とおもちゃの箱を交互にみています

 「ああ、自慢したいんだ」 と気づきました

 「買ってもらったの?」 と声かけたら 恥ずかしそうににっこりしました

どうってことない出来事だけど なんだかちょっと ホンワカしたことでした

  世の中の可愛い子供たちが 悲しい事件で悲しいことにならないように・・・・・・

                      


2010年05月11日

ごぶさたでした・・・

もうしばらくの間 更新もせず ご報告もせず ご無沙汰しました

時々見てくれる 数少ない読者(・・ブログもこう呼ぶのでしょうか?)の皆さんから

「全然更新してないじゃん!」とうれしいお叱りを受けています

いいわけではありませんが、私的にもいろいろ落ち込むことがありまして

昔はええっ!と気合で乗り切ったものですが 若さがなくなるとそれは容易では

ありません 皆さんにはそういうことございませんか?スランプの乗り切り方教えて下さい

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それでも皆さんからいただく個展の案内

ご家族の近況のおしらせ、などなどのはがきを戸棚の扉に張って ながめ癒されることも・・・・

 

 

 


2009年09月11日

ダサウマジュース?

青森・・・といえばりんごですが 落果で造るジュースも 他とは比べ物になりません

夏におつかいものとしてにお配りすることもありますが

お世辞かもしれませんけど 大変好評です

 (いただきものを まずかった・・・という人はいませんけどね)

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かわいい子供さんたちには 

    「あっ ねぷたジュースだ」

 

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と毎年いわれるくらい 喜ばれていますが

生傷に塩をすりこむような友人・知人が多いので その反応は千差万別です

先日は蚊も殺さないような顔をした友人に 

「ジュース、ごちそうさまネ とてもおいしかったわ」 とここまでは普通の社交辞令

「でも あれを飲むのには勇気が要ったわ?」 「なんで?」

「だってあの缶の色の取合わせ、どぎつすぎてとてもおいしいとは感じられないもの

 でも飲んだら びっくりするくらいおいしくて つづけて2本も飲んじゃった・・・・」

そのことを いつも必要なことしか口走らない別の友人に話しました

「うん、そうだよ、ずっと前から思ってた、 デザインがださすぎるね 

 いっそネーミングを ダサウマジュースにしたら?」

  というわけで 仲間内ではダサウマジュースと呼ばれ 

              がぶがぶのまれています・・・・・・・・


2009年06月27日

ふるさとの旨しもの

青森県はりんご・・・・・しかないと思ったら大間違いです

海の幸も山の幸も盛りだくさんです その中でもあまり市中に出回っていない

珍しいものをみつけました 

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顔を横にしてみて・・・・・・・?

大間産とあります

大間はマグロだけではありません

昆布も有名です

 

 

 

 

こんぶをまな板でたたいて細かくし(家庭では) しょうゆだけで味付けしたものです

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こんぶそのものが味があり

そのまま温かいごはんにかけて

たべます

ただ値段が私には高いですね

このパック2個入りで298円でした

なっとうの2倍ですね

 

こんぶ類の加工品は他にも多くありますが 私はこの大間のあらめこんぶが

一番好きです

唐辛子とか なめことか好きなものを まぜあわせてもいいですね

あまり見かけませんが 見つけたら一度おためしください くせになります

 

 

 


2009年06月22日

太宰治生誕100年

津軽の地方紙は今 太宰治の生誕100年ということでで銅像の除幕式とか 

太宰検定とかでにぎわっているようです

同じ津軽でも金木町は北津軽郡に属し 歌手の吉幾三さんも同じ町出身です

太宰の本名津島は 長兄が知事さんでしたので子供の頃からなじみの名前です

大地主の豪農に生まれたことが 彼のコンプレックスだったということですが

対極の貧農に生まれた私には想像もつきません 

 作家のナイーブさを理解するのは さらっと小説を読んでる身には チトむつかしいようです

同じ生誕100年(正確には昨年)に 青森の民芸運動の創始者 相馬貞三さんが

私には馴染みがあります 学校時代も勤めてからもよく山道町にあるちいさな

店に通ったものです

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下川原焼土人形 はと笛

何10年前のものなので

色彩が薄くなりました

 

 

 

 買わなくてもいやな顔もせず 静かに応対してくださり

小額の買い物にもていねいに つつんでくれました 後年 その分野では

相馬先生とよばれるえら~いお方と知り びっくりしたものです

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このような 刺子やこぎん刺しの

野良着をきていることもよくありました

これは私個人の埋蔵金ならぬ埋蔵品です

 麻地にこぎん刺しがしてあります

明治時代のてづくり品です

 

 

ちなみにこの店の包装紙は あの棟方志功画伯のデザインです

画伯の包装紙は 新宿中村屋 横浜勝烈庵とこのつがる工芸店の3件と聞いています

何年か前 山道町を歩き、もうないだろうと思いながらいったらやっぱりありませんでした

どこかに移転したという情報がありましたら お知らせ下さい

 太宰は弘前高校で学んでいますのでよく通ったという喫茶店は、つがる工芸店の

2・3件となりに大正ロマンの雰囲気を残してまだありました

 つがる工芸の店をのぞいたあと よく寄りましたが太宰が通ったということは

その時分はわかりませんでした 今は観光マップに記載され 太宰ファンに人気が

あるようです


2009年06月18日

ふるさと 津軽のあれこれ

石もて追われた石川啄木でも

”かにかくに渋民村は恋しかりけり・・・”とふるさとを懐かしんでいます

私も 学び、遊び、働いた弘前の街と、気持ちが離れがたく

ネットで地方紙のさわりをよんで ふるさとの動静を感じています

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弘前駅もモダンになって

昔のおもかげはありません

 

 

 

 

でも津軽弁は まだまだ昔のままです だってそれが津軽の文化ですから・・

今日の見出しに面白いことがでていました

弘前大の医学部で 津軽弁での診察に対処する講習ですって?

”よろた やめるか? ”   ”ヨーロッパやめるか?ではありません

”ふともも 痛むか?”です   でもこんなこと 津軽人だったら

講習なんかしなくてもあたりまえで 応対できるのですが  近年 弘前大学も

地元より他府県の学生が多く入学しているということなのでしょうか? さびしいですね

もうすぐ ふるさと津軽はねぷたの準備で ”よろた やめるほど ” いそがしくなります

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かついで練り歩いた若者達は

翌日 お互いをねぎらいあい

”よろた やめでまったじゃ”

 

 

 

津軽弁をきくと さっぱどする・・・・・(ほっとします)


2007年08月09日

事務所のまどから~

~事務所のまどから~

疲れたとき ぼんやりと窓からみる 風景や 歩く人のざわめきを聞いて

 季節の移り変わりをあらためて知ることがあります

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舞岡の山小屋 つがる小町 の周辺も環境は抜群で いやされる場所ですが

港南台の事務所も 窓の真向かいに公園の緑があり そこのトンネルから

でてくる電車を 写しに来る 大人と子供の マニアが時々 線路のフェンスにかじりついています

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シャッターチャンスがよければ 行き違いの2本の電車を撮ることもできます

マニアという人たちは こういう場面を撮りたいんだろうな・・・

     とぼんやり考えながら 見ていました

 

 

ふるさと 津軽へ帰ってみました

東京駅は夏休みの土曜日ということもあり 大賑わいです

たくさんの人たちが お土産など買ってお店も大繁盛のようです

ふと目についた この店の名前に 思わず立ち止まってしまいました

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  東京エキッチン?・・・・ 

  えきとキッチンをかけあわせたのだと

   思いますが  10数年前 博識の方々が 

  山の手線を E電と命名したときのことが

    思い出され

  何となく似ているなあ・・

  とついシャッターを押してしまいました

  ・・・そういえば E電という呼び名 まだ生きているのかしら?

        思わず吹き出した私の感覚が ずれているのかも・・

             と自問自答して 新幹線へ

新幹線はやはり速いです 新聞を読んでひと眠りすると もう盛岡です

八戸まで新幹線は延びましたが 弘前方面の利用者はここから高速バスを利用します

ヨーデル号といいます

途中花輪インターで小休憩しますが 私はここの高原の空気と

近隣の農家の奥さんたちが売っている 手作りのおだんごなどが好きです

バスから降りて 深呼吸するとヨーデルが聞こえてきそう・・・・・・・

いつもは岩木山が 迎えてくれるのですが 今日は曇り空でした

岩木山が見えると 「ああ 帰ってきたなあ・・」と思います

ちょうどねぷたまつりで かわいい金魚ねぷたが沢山飾られて

津軽はなつ真っ盛りでした

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 ねぷたは灯篭ですから 通常は夜運行します

 昼の運行は最終日の7日目なのですが

この部落ではウィークディのため

みなさんお勤めを休めなくなり 

5日の昼運行になったようです

このねぷたはこの部落全体の代表ですので

最終日にこうして 皆にさいごのお披露目を   

                                                                 するわけです

IMG_1285.JPG 電線にひっかからないよう あぶないときは 

おりたたみます

それぞれの部落の若者達が運行しますが 

夜のほかの部落のねぷたとの合同運行の日は 

子供も 大人も 赤ちゃんも乳母車にのったりして

全員で  笛・太鼓の囃子と共に練り歩きます

小さいこどもは 眠くて 居眠りしながら

 手綱につかまって 歩いています

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  こうしてオラホ(わたしたち)のねぶたに

  各家の門前で 最後のおひねりを渡して

  労をねぎらい ねぷたを見送ります

 ・・・このように各部落の威信をかけた

  夏の一大イベントは終わり 

  農家は秋の稲刈り・りんごの収穫と

  忙しい季節を迎えます

                              りんごの収穫前に台風がこないように・・・

                                            


2007年07月28日

布ぞうりに強敵が!

中高年の皆さんにすっかり馴染み 2足目を求めてくださったり

自分で作るまでになってきた 布ぞうりですが 暑さの夏にはもってこいの優れものが入荷しました

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石垣島近辺でつくられているアダンの葉のぞうりです

最初 痛くないのかなと気になりましたが それがなんと! 熱は吸い取ってくれるし履き心地満点です

冷え性のひとはこれまでどおり 布ぞうりが良いのかもしれませんが ちょっと血の気の多い人(?)には

だんぜんおすすめです           23cm 2、000円    

                                               男性用  25~27cm 2,300円で販売しています

 足は第2の心臓といわれています  足のうらに刺激を与えることによって血流を促します

 足腰が弱り 歩かなくなると 脳細胞も劣化することはよく知られていますね

 家のなかでもぞうりをはいて どんどん歩き この夏を元気に過ごして下さい


2007年07月26日

ちょっと 旅してきました

アジアの布も染めも素敵です

商品を視察に行く 雑貨商の友人にくっついて今年もバリに行ってきました

アジアの人たちは 素朴でにこやかで 言葉はハートで通じます

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生地やさんのリンダちゃんは 素直で一生懸命です 沢山買ってもらおうと

電算機をもって いろいろ商品を持ってきます

アタのかごづくりの村では 裏庭で父ちゃんが作ったかごを

かあちゃんと娘さんたちが あかちゃんの妹を子守しながら店番です

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かごが日本でもよく売れるようになり とうちゃんがだんだん なまけものになったようで

美人の奥さんは悩んでいるようです

この御殿は?    シルバー他アクセサリーの卸やさんです 日本は勿論世界中から

バイヤーが買い付けに来ています 

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バリは近いこともあり保養に来るオーストラリア人が多いです

ホテルはほとんどプライベートビーチになっていて 砂浜のある一線から 現地のおばちゃんたちが

ホテルの客においで おいでをして呼び込んでいます

つめにペンテイングする ネィリストたちです 記念にしてもらうことにしました

                              「10万円だったらやってもらおうかな?」

値段の交渉からはじめます 上手な日本語で 「ダメダメ!」

                              「じゃあやめよう」

                              「モウチョット 15マエンデ」

                              「やめる」

         立ち去ろうとすると         「イイヨ 10マンエン」 交渉成立   10万ルピア日本円で1500円です

こんなホテルにたまたま泊まっているけど  閑散期をねらった 激安切符できて しばしセレブ気分を味わっているだけなんだから・・

日本に帰ったら おばちゃん わたしも線からそちら側の人間なのよ  安くきれいに仕上げてね せめてツメだけでも・・・・・・

                           きれいなビーチと生活力旺盛なバリのおばちゃんたちの写真を探し中・・・・・ 確かに写したんだけど・・・・

                              


2007年03月22日

~ちょっと一息・・お客様はお友達?

昨日の春分の日は初めて 営業日と祝日が

重なりました お散歩がてらの人たちが

わんさか いらしたらどうしょうかと夢みたいな

心配をしました

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近くは舞岡散歩コースになっています

 お昼前 物静かなご婦人がウォーキングスタイルで

いらっしゃいました

お寺さんへお参りの帰りだとおっしゃり いろいろ

ベスト・コートなどみてくださいました

   IMG_0699.JPG

藍染紬のオーバーブラウス ¥35、000

 

見るだけはタダですからどうぞご自由にとの

私共の方針を受けて試着もしてくださったので

おせっかいなことに いろいろアドバイスさせて

もらいました

 IMG_0807.JPG

 せまい店内ですが 小物・はぎれもございます

 

だんだんお客さまだとの感覚がうすれ

「これは似合うけど これは似合わない」

「中にきているセーターが地味!」

「こういう赤いアクセサリーもつけたら華やぎますよ」

他のスタッフも横から口出しして お客様を

着せ替え人形のようにして 楽しみました

されるがままにしていたお客様から

「似合わないのを 似合わないといってくださり

                     ありがとう」

と お礼をいわれ びっくりしました

 IMG_0702.JPG

これは大島紬のベストです ¥15,000

 

 前からベストが欲しかったと おっしゃり

明るめのつむぎ地を買ってくださいました

押し売りしたんじゃないの?って・・・

いえいえ 当店はそういう売り方は

生き方に反しますので しておりません

 

スタッフが持ってきたてづくりの

チーズケーキとお茶をご一緒し

孫に作ってやりたいとレシピをメモしていました

 IMG_0741.JPG

  4人はすわれます

     ときどき立って飲むこともあります

 

帰りがけ はじめて ご主人が最近

お亡くなりになり お墓参りの帰りだったことが

わかりました

   ガッツーン!・・

そんなこととも知らず 地味だの 暗いだの

すき放題のことを言っちゃった・・・・・

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刺子の野良着で作ったポーチ ¥1,500

 

でも救われたことには 彼女は

「とても楽しかった・・また水曜日に

  お墓参りするようにします」と

おっしゃってくださいました

「ご主人さまがこれからもっと楽しく

  生きていってと寄らせてくれたのかも」

との私の言い訳がましい言葉にも

「わたしも本当に そう思いました」

と うるうるきそうな返事をいただきました

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ひなたぼっこをしながら着物をほどいたりします

 

お客様は神様でなく お友達でありたい・・・・

後姿を見送りながら そう思いました

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原っぱのなかのこんな小さいお店です

 

そうか・・今日は お彼岸 

 父親の墓参りも大分ご無沙汰でした

つがるの空に向かって 合掌・・・・

ずいぶん 簡単な 私の彼岸のお参りでした

  

毎週水曜日のみ 10:00~営業しています


2007年03月17日

かんばんもつくろう!棟方志功をしてみました

看板を自分たちで作ろう!!

 内装工事部でかかわった沖縄ショップのお店には 

素敵な字体の看板が かかっています

著名な書道家の字だそうです 主のおっしゃるには 

開店にあたり 一番高価な備品になったそうな

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翻って自分たちのアトリエには 予算の関係で

まだ看板らしきものがありません

アイデアがきまるまで 5・6年前に買っておいた端材を

のっぺらぼうのまま 置き台に載せ営業すること約半年・・・・・

お店に来てくださったお客様たちは

   さぞおかしかったことと思います

コピー ~ IMG_0867.JPG


てづくりの店には手作りの看板が似合うかも・・と

予算のないことをカモフラージュして

自分たちで 作ってみることにしました      

 彫ることは年賀状のいも版画ぐらいの私たちに

棟方志功ができるかきるかどうか 

そしてどんな看板が店先に飾れるか不安ですが

 お遊びと思って順を追って記録してみたいと思います

 3月14日  

新聞紙に もとになる字を猛練習 何回練習してもそこは付け焼刃 

書道家の字には 万里の長城ぐらい程遠い距離・・・・・・ 

        最初の挫折・・早すぎる挫折です

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  3月15日

これぐらいで 許して 私は書道家ではないんだからと

開き直って 決めました 

板に貼り付けて 切り出し刀で輪郭をつけます

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 3月30日

彫刻刀の切れ味が悪いと言いがかりをつけて

しばらく中断していましたが 思いなおして 継続・・・

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 4月5日

字体の立体感に挑戦

みようみまねでやっとここまできました

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4月7日

やっと ここまでたどり着きました まわりの彫を少しカッコつけて・・・

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ここで選手交代 塗料で色をのせました

黒一色がいいか少しもめましたが ちょっと色気がある方がいいかと

小町だけ赤にして・・・・・

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5月10日

やっと のっぺら棒の板が看板らしくなって飾られました

台も彫も塗りも 全員の共同作品です やれやれ・・・・・

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 ・・・・しばらく 看板も私たちも気恥ずかしい想いでしたが

犬の散歩でよく通る 木村さんが

「うわぁ こんな看板だいすき!」 といってくれました

お世辞でも ちょっとうれしかったです

 1人でも 看板を見てお客さんが お店に入ってくれますように・・・・


2007年01月27日

ホームページ開設

つがる小町のホームページを開設いたしました。

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工房花邑

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